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2015-01-23

最期の話。注意※暗いよ!

こんにちは。
今日は暗ーい暗いお話になりますので、読まれる方はお覚悟の程に。


生きる。ただ単純で簡単な事なのに、どうにもこうにも難しいのが生きる事。第三者から見て順風満帆に見えていたって、その背景は本人にしかしらない。もしかしたら自分でも分からない、息苦しさと生き苦しさに苛まれているかもしれない。
過去を振り返れば、私にもありました。生き道が見付からず真っ暗で光の一筋さえない、ただ息をして仕事して泣いてばかりの日々が年単位でありました。

けれど、父が自ら命を絶った事で私の考えは大きく変わりました。
今から十年程前の出来事です。

細かな私の生い立ちなどはここでは抜きにして、ある春の日に失踪したんですよね。少しの荷物を車に積んで、真夜中に消えたそうです会社の寮から。捜索願を出しました。何度も警察に行きました。祖父母とも連絡を取り合いました。だけど、信じていました。気丈な父はどこかで生きていると。母は言っていました、お父さんは東京に疲れちゃっただけで、どこかで畑を耕しているよ、と。
けれど私はそれに頷けなくて…。失踪する数か月前から父の様子はおかしかったんです。母にも言いました。父が鬱っぽいと。だけど、父の元の性格が血気盛んで言葉よりも先に手が出る暴力性から、母はあの父が鬱だなんて有り得ないと一蹴してしまい、本気で受け止めてくれませんでした。でも、話していたんです。あと数年したら父と一緒に暮らそうと。父も年老いてからの一人暮らしは寂しいだろう、と。私も両親を金銭的に面倒を見る覚悟を更に決めて、その案に了承していました。

その矢先の出来事だったんですよね。父の失踪は。

そして、夏のある日の早朝、警察から電話がありました。父が首を吊って発見されたと。今でも覚えています。電話を取った母が私の部屋に泣きながら飛び込んできたのを。数か月の失踪の経路は警察の父が残していたレシートから見て取れました。落し物を拾って警察に届けていた記録も残っていました。失踪中の遺品から、私が小学生の時に書いた父宛の手紙がありました。未だに持ってただなんて私自身知りませんでした。私の幼い頃の写真もありました。

馬鹿なんです、お父さん。一人で抱えて、独りで逝っちゃった。失踪している間、毎日家に電話を掛けて来ていたんですよ。いつも出るのに無言電話。電話番号も表示されなかったので、公衆電話からだったのでしょう。なんで一言、言わなかった。なんで黙っていた?馬鹿すぎて泣けてきます。

気丈だからこそ、誰にも言えなかった。言えないから馬鹿な選択をした。馬鹿。本当に馬鹿。お墓参りへ出向く度に父に話しかけています。お父さんの馬鹿と。

私に出来る事はお金を稼ぐ事のみ。あとの能力は何もありません。けれど、お金があれば両親を生かす事はできる。だから私に出来る事は無駄ではないと思っています。でも、私に出来る事には限界があります。家族を養うのみしか出来ない。それが精一杯。

だから、他の人に『死にたいんだ』と言われても止める力は無いんですよね。だって、止めたら最後まで面倒は見なきゃ。止めるからには相手の心を救い、相手が一人歩きができるだけの動線を作ってあげないといけない。それが出来ないなら止める筋合いは私にはない。出来ない癖に止めるなんて、なんて綺麗事で自己満足なんだろうかと考えています。同情心だけでは人を生かす事は出来ない。

父の死から数年後、付き合っていた彼女が包丁を取り出して『死にたいから刺して欲しい』と言いました。答えは勿論、《私を犯罪者にしないで》です。死にたいのなら誰にも迷惑をかけず、静かに死ねばいい。そして、私は彼女を助けられないから止めない。少なからず死んだ後は人様に迷惑をかけるのだから、そこは最小限にしなきゃ。美しい死に方くらいはしなきゃと思うんです。彼女は言いました『私が死んだら悲しくないの?』と。私は《悲しいけど、二・三日もすれば私は美味しいご飯を食べて笑っている》と返事をしました。
実際、父の死から数日後、一週間もしないで私は仕事をしていました。お客さんの前で笑って、一物をしゃぶって、平常運転。何ら変わりなし。泣くのは三日と決めていたのでそれ以降は余程じゃない限り泣きませんでした。

だって、父を救えなかったけど、父は楽になったのですから笑ってあげなきゃ。悲しむより馬鹿な父を笑って愛してあげなきゃ報われない。

とはいえ、未だに父の命日を忘れてしまいます。十年経っても覚えられません。頭が拒否しているのでしょうね。
私はこれからも生きるし、叶うならば老衰が希望です。悲しんで立ち止まっている暇は微塵もない。だから、これからもお父さんには言いたい。辛さの先にある喜びを見付けられなかったお父さんは勿体ない事をしちゃったねって。ほんの少しの勇気を出して、あの毎晩の無言電話で何でもいいから言葉を発してくれたら良かったのに、父の後悔を残された私達に遺してくれちゃった。本当に大馬鹿者だよ。大馬鹿者だから死して尚、愛しいのだけど。


生きるって大変。大変だからこそ、面白くて楽しくて、全てが愛しくて止まない。人の想いや優しさに欠片だけでも触れてしまえば、涙が溢れる程に嬉しくて幸せで胸がいっぱいになる。頑張らなくていいから、楽しみながら生を謳歌しなきゃ。五感いっぱいに感じて、受け止めていかなきゃ勿体無い。どんな事でも気持ち一つ、考え一つで逆転する。悪く捉えるより、面白く捉えられる部分っていっぱいある。

だから笑っていなきゃ、って思うのです。



長ったらしくなってごめんなさい。分かりづらくてごめんなさい。
あまり、暗い話はしたくないんだけど、今日はなんとなくね。

これから友達のトークイベントへ行ってきます(*´ω`*)
下衆なシモネタだらけなんだって♡チンマン話ってなんで面白いんだろうねぇ。もう大好き過ぎて発情してくるww

では、行ってきます♡



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ちゃんと…

月緒ちゃん!

最後まできちんと読ませてもらったよ。
他人の僕が何か言えるほど簡単なことじゃないから言葉にはしないけど…うん、わかる。

肉親ではないけど、僕も、つい先日、趣味仲間の女の子を亡くしたんだ。
まだ29歳でしかも無理心中…

家庭環境が複雑で、僕が相談に乗ってた矢先に訃報を…ね。
辛すぎて辛すぎて…

でも、前を向かなきゃと、切り替えて頑張ることにしたんだ。
月緒ちゃんみたいに…
o(^-^)o

有難うございます

月緒さんも、そうだったんですね。
うちの親父は、病気でしたが。


暗い話かもしれないけど
頷けたり、勉強になることがあって
この記事を読めて、よかったと思います。
プロフィール

月緒さん

Author:月緒さん
現役風俗嬢ライター。

GAL COLLECTIONにてコラム連載中
http://www.soapland-gc.com

Tokyo Borderless TVにて『吉原キネマ』毎週土曜日配信中
http://www.tokyoborderless.tv/

Twitter
tsukio_xoxo

お仕事の依頼などは
tsukio_2345@yahoo.co.jp
こちらから宜しくお願いします。



こちらのお店に在籍しています。
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